ハイになる前に

「心ならもう決まってる 僕の前を僕の影が征く」

【夏休みのとも・5】夏休みの友とはみがき表

楽しいおばあちゃん家の夏休み、ではあるが、当然宿題はある。
夏休みの友」は薄い冊子、基本的には1日1ページ、いろんな教科の問題が載っているのを淡々とやってたような記憶。
その中に、夏休みならたいてい絵の宿題があり、読書感想文とかもあったかな……
学年が上がるとともに、他の宿題も増えてたような気もするが、あまり覚えがない。

起きてご飯を食べ、テレビ番組表の当たりをつけたら、おばあちゃんから「さ、涼しいうちに宿題ばせんね」と急かされる。
かったるいが、一応は夏休み中の子供としての義務を果たすか……と折りたたみテーブルを開き、宿題一式を取り出す。

まずは夏休みの友、今日は……

(……ちぇ、算数か……)

苦手な計算問題がいくつも載ってるページを、クサクサした気分で記入していく。

算数以外でも、長々と考えなければならない問題は、早々に後回しにしたりする。
そして自分ルールとして、決してその日分以上のページはやらなかった。

(その日のページに載ってる分はその日にやらなね!)(無駄な遵守)

噂に聞く「7月中に夏休みの友は全部終わらせちゃった」なんていう人は、漫画かテレビの世界にしかいない、空想の産物くらいに思っていた。*1

そんなこんなで宿題をおろそかにしつつ、毎日を楽しく送ってるうちに、やりたくな〜い感じの問題だけが微妙に残った「夏休みの友」が出来上がっていく。
どんよりオーラを纏った「夏休みの友」とは次第に距離ができ、やがて「夏休みの友」を朝から開くということをしなくなる。

そしてある朝、衝撃的な音を聞いて、体中の血の気が引く。

…………

……………ーーージーーーチーチーチーチー、、

オーーーーーーーーシ、ツクツクツク、オーーーーーーーシ、ツクツクツクツク、……

 

(ハッ………!?

ウソッ!!!ツクツクホーシが鳴きよるーーーーーー!!!!!

てことは!!?!?!?今日何日!?!?!?)

 

ガバっとカレンダーを仰ぎ見て、更に青くなる。

(あとこんだけしか!!夏休み残ってない!!!)

あの頃のツクツクホーシは、かなりの晩夏になってから鳴き始めていた。*2
ツクツクホーシの声はいつも「宿題やったか、宿題やったか」というどやしつけに聞こえた。
そして「夏休みの友」は、昼夜関係なく開かれるようになる。

楽しいテレビがやっている夜の居間で宿題を開く私を見て、おばあちゃんが

「なんね、今頃しよっとね。早うやらんけんた〜い……」

呆れて言うが、なりふりかまっていられない。
横着してすっ飛ばした問題の数々を、苦悶の表情で埋めていく日々に突入するのだった。

私はこれを、何度繰り返したことか。
オエ〜〜〜と思いながら宿題をやりつつ、次は絶対飛ばさない、早めにやる!!と未来の私に誓ったが、次の長期休みにはそんな誓いはコロッと忘れてしまう。
とにかく徹底的に学習しない、よくいる(と思われる)ところの、しょーもない子供であった。

 *

それと妙に記憶に残っているのが「はみがき表」である(正式名称忘れた)。

当時の九州の一般家庭の感覚から見て、どれくらい変わってるのかはよく分からないが、ウチは基本的に1日に1回、朝起きてすぐの洗面時しか歯磨きをしない家であった。
基本的に食後と寝る前の歯磨きは、ナシ。なぜかは分からない。
ある時期から、祖父だけは晩ごはんの後一人だけ歯磨きしていたが*3、祖母も、父母も、朝1回しか磨かない人だった。
それはなんとなく(……ウチってもしかして、よそよりちょっと「イケてない」「文化的に難あり」な家なのでは……)という、あまり認識したくない認識が、子供なりに、あった。
だってテレビのCMでは、1日3回、食後に歯磨き!と爽やか俳優一家が謳っていたし。

そんな雑な歯磨き習慣だった割に、なぜか子供の頃の私は虫歯が一本もなかった。
しかも小4の頃、歯磨き粉を口に入れると吐気がするようになり、以来そこそこ長い期間、水でしか磨けなかったにもかかわらず。
父が異様に歯の丈夫な人で、多少歯磨きが雑でも平気、みたいな感覚でいたかもしれない。
おかげで歯医者さんにも行ったことがなく、歯磨き指導っぽいこともされたことがなかった。

家庭における歯磨きの習慣というのは、どんな風に決まるのだろう。
まずは夫婦が、結婚相手と違ってればいつともなしにどちらかに従う感じか。
それとも頑なに違うままで行くんだろうか。
たいていは大人たちの歯磨きスタイルは統一されているような気がするが、ウチはどういう流れでああなったのだろう。聞いたことない。
祖父と祖母のやり方がどこかのタイミングでならされ、それを受け継いだ母と、他人だった父の歯磨きスタイルは、最初から一致していたのだろうか。

……とにかく、そういう家の子供である私にとって、学校から渡される「はみがき表」というのは、非常に厄介だった。

 

☆はみがきができたら色をぬりましょう!

1日3回みがけたら……赤
1日2回みがいたら……黄色
1日1回しかみがけなかったら……青
はみがきしなかったら……色をぬらない

☆はみがきは1日3回、食後はしっかり歯をみがきましょう!

 

……色分けのおかげで歯磨き習慣の優劣がひと目で分かってしまう。
ウチは習慣的に最初から全青決定。
私が個人的に歯磨きしないのではなく、家全体で全青。恥ずかしい。*4
とはいえ、朝の1回は絶対に何が何でも磨くので、歯磨きをしない日、つまり空欄になる日というのはなかったのであるが、まあ、五十歩百歩。
また、家がどうであれ「はみがき表があるから!」と自分だけ3回磨けばよかった気もするが、習慣的にそれもやる気になれない(怠惰)。
このプリントをもらうといつも、気が重くなった。

気が重くなったついでに、存在も忘れてしまう。
おばあちゃん家にも持って行ったくせに、開きもしないまま時が過ぎ、夏休みが終わる直前、本当に新学期前夜の寝る前とかに、

(あーーーーー!!!!はみがき表塗ってなかったーーーー!!!!)

と紙の山からノータッチの表を見つけて、半ベソかきながら40日分のマス目をクーピーで塗ったくった。

しかも、本来の習慣通りなら、私のはみがき表は全部青で塗る必要があるのだが、色分けの凡例ですでに「1日1回しか磨かないのは劣等である」と示されているような気がして、正直に塗る気がしない。
時々赤を入れてみたり、黄色を挟んでみたり、くだらない小細工を施す。
なんとかギリギリで仕上げたそれをランドセルに放り込み、事なきを得る、というのを、何度やったことか……

そういえばあのはみがき表、友達同士でつきあわせたり、したことがない。
他のみんなは、どうやってたんだろう。

想像の中の、CMに出てくるような、ちゃんとしてる他人の家では、大人がきちんと毎食後に歯磨きをしていて、子供たちも素直にその習慣に従っている。
学校からもらったはみがき表は、終業式の夜から早速洗面所に貼り付けられ、子供たちは毎回歯磨きの後にしっかり色塗りをしている。
夏休みが終わる頃には、真っ赤な表が出来上がり、家族でニッコリほほえみ合う。

……そんな家、本当に存在してたんだろうか。

私は何度もウソのはみがき表をこさえ、提出だけしてきたが、特に何かフィードバックがあるでもなく……
そういえば、全部磨けた人には賞状が出たり、教室の後ろの壁に貼り出されたりしてたかな?
でもことさら誰の歯磨きがどうとか、見比べたりした覚えもない。
あれはその後、一体何に生かされたのだろう。
単なる歯磨き習慣向上目的だろうか。だとしたら当時の私には一切、効力はなかった。

 *

今はさすがに食後や寝る前、出かける前など、適宜歯磨きしていて、習慣もすっかり変わった。
虫歯デビューは高校時代だったか…歯磨き粉はもう使っても平気になっていたが、おばあちゃんに

「歯磨きはね、上の歯下の歯それぞれを、表、裏、右左真ん中で、よーーっと磨きんしゃい」

と手順を念押しされた。
以来おばあちゃんに教わったやり方と、歯医者の指導をなんとなく折衷したやり方を続けている。
寝る前にじっくり歯磨きをしていると、時々、夏休みの終わりに慌てて塗ったはみがき表と、おばあちゃんの声を思い出す。

 

一生懸命ウソつき中

歯磨きというのは習慣なんだから、こんなに回数がバラけるはずないのだが、そこは浅はかな子供のこと、考えが及ばない

 

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at-avocado.hateblo.jp

 

*1:実在します

*2:最近はかなり早くに鳴き出す気がする。温暖化のせいか……

*3:その甲斐あってか100歳近い今も入れ歯はないと自慢している

*4:といっても、出来上がった表からは、個人が磨かないのかそもそも磨かない家庭なのかは判別できない。でもどっちにしろ恥ずかしいし、ダメ