ハイになる前に

「心ならもう決まってる 僕の前を僕の影が征く」

雪を見る

福岡の冬はいつも雲が垂れ込め、どんよりと灰色である。
太平洋側の、よく晴れて乾いた風が吹き荒れる冬とは全く違う。
雪はそれほど降らないが、今年は福岡にもでかい寒波が来て、久々にまとまった雪が降った。

*

私は宮崎育ちなので、雪珍しい民である。
小学生の頃に一度、市内で小雪がパラついたことがあって、学校の中庭でみんな大興奮、その夜のニュースにもなった。
でも私は、

(みんな雪降らんとこの子やからな。私は積もったところも見たことあるもんね)

と、ちょっと優越感を感じていた。
宮崎の小学生だけど、祖母の家が福岡だから、雪を見たことがあるのだった。


祖母の家は木造平屋建て、地域的にも比較的寒いところ。
玄関や廊下は氷のように冷える。
それでも居間はいつもポカポカ、なぜならパワフルなガスストーブを使っていたから。
その上にベルベット調の敷物、こたつ、言うことない。

庭に面したお縁に続く側に、雪見障子があった。
つくりがいいのか、引っ掛かりもせずにすうーーっと開く。
このガラスの上に動く障子が重なっているものは「摺り上げ雪見障子」とか「猫間障子」と言うらしい。でも私はいつも雪見障子と呼んでいた。

冬休みのある日。
ぬくぬくとこたつに埋もれ、しばしお絵描きに没頭。
ふと雪見障子から庭を見ると、雪がちらついていたりした。
雪が舞うばっかりで積もる気配はない時もあれば、いつ頃から降っていたものか、庭がうっすら白くなっていたり。

「これは粉雪だから積もらない。牡丹雪なら積もるのにな」

と「天気のひみつ」で読んだことを思い出したりする。

目を閉じて、ここが昔話でよく見るかまくらの中だったらな……と空想する。
かまくらの中にいる子どもたちは、絣の着物にわらぐつ履いて、頭巾をかぶって赤い顔をして、炭火で餅を焼いたりしている。
そういう世界と自分との、遠い隔たりを感じながら、庭に飛び回る雪を眺める。

もしこのまま雪が積もったら、外に出て雪うさぎを作ろう、と思う。
南天を目にして、葉っぱを耳にして、沓脱ぎ石の上に作ろう。そしてお祖母ちゃんに見せよう。
そう心に決めて、またしばしお絵描きをしたり、漫画を読んだりして、ふと気づくと、雪はたいていやんでしまっていて、庭の雪も消えてしまっていた。

*

結局、祖母の家でも数えるほどしか雪には巡り会えなかった。
宮崎ほどではないが、福岡もそんなに雪は降らないところだから。
それでも、冬休みには毎日(今日こそ雪が見れるかな)と、常に期待していた気がする。
その雪にはいつも、あったかい居間から雪見障子を通して気づく。

今も、雪が降るとついはしゃいで外に出たり写真を撮ったりする。
ベランダから雪を見ながら、できることならこの景色、あの雪見障子から眺めたいなあ……と叶わぬことを思ってしまう。

 

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こたつ布団はちゃんと閉じましょう