ハイになる前に

「心ならもう決まってる 僕の前を僕の影が征く」

沈丁花

香りのある花が好きである。
公園とか植え込みとかで見かけるとついくんくんする。
梅、藤、ジャスミン、リラ、梔子。
金木犀に菊、柊、蝋梅、水仙
中でも突出して好きなのが、沈丁花

 

この木は、祖母の家の庭にあった。
広い庭の端っこ、隣家の影に入って、庭木に囲まれた、暗いところに植えられていた。

鼻の奥に刺さる、目の覚めるような強烈な芳香。
白い花弁の裏は紫で、パカッと割れるように開いた小さな花が、鞠のように丸く束ねられている。
暗い庭の一角で、みっしりと茂る葉の合間から、白い花たちが冴え冴えと光って見えた。

庭の沈丁花

 

とはいえ、古い記憶が比較的強い私でも、祖母の庭での具体的な記憶はない。
ただ、いつかは忘れたが、よそでこの花の香りをかいだ時、ぱあっと視界がひらけるような、ああ、知ってる!!!というような、懐かしい人に久しぶりに会ったような、猛烈な嬉しさがこみ上げた。
その途端、祖母の家と自分が一気に紐付いたような、瞬間的にあの庭の景色がよぎったような。
沈丁花の匂いがこの世で一番好き、と思い始めたきっかけかもしれない。

小学校の長期休みには必ず祖母宅に滞在したが、沈丁花は2月下旬〜3月上旬に咲くので、時期がかぶらない。
とすれば、私が沈丁花に接したのは、4歳で宮崎に引っ越す前の、祖父母と同居していた期間なのかな?
相当古い記憶やな……

 

沈丁花を見ると、いや、ほんの少し香りを感じただけでも、全身の感覚が一気に目覚め、本人(本花?)の香りを確認したくなる。
そんなに好きなら育てれば?とは何度も思った。
しかし以前、ガーデニング上手い人に
沈丁花は植え替えを嫌うから基本地植え、庭がないとなかなかね……」
と聞いて、庭を持たない私はもうすっかり、
沈丁花はよそで吸うもの」
と決めてかかっていた。

時期になったら、まずは近所で咲いてないか探す。
公園とか、地域で手入れしてるスポットとか。
マンションの植え込みとか、施設の生け垣っぽいところにあったりもする。
発見したら、咲いてる時期は回り道してでも沈丁花に会いに行く。
香りはすれども姿は見えず……ということもある。
そういうのはたいてい、民家の塀の向こう、半日陰の場所にいると思われる。
なんせ香りがするから絶対にいるのは間違いないので、そういう場所も香りだけ摂取しに行く(変態……)。

 

ところが、今年はたまたま、とある農協で苗が売られているのを発見した。
迷ったけど、エイヤッと、買ってしまった。
ホームセンターの園芸コーナーのスタッフさんに相談して、おっかなびっくり鉢に植え替えたら、なんとか、ちんまりちんまり、花が咲いてくれた。
今年はベランダ中にえも言われぬ芳香が漂い、極楽気分である。

幼少時から染み付いた、この世で一番好きな香り。
長年、憧れすぎて手が出せない、みたいな心境で、どうしても勇気が出なかったのに、やっと迎えることができた。
これも重要な一歩が踏み出せたと言えるかな。
育てるとなると沈丁花はなかなか気難しい植物のようだけど、これからも元気でいてくれるといいなあ。

沈丁花さん

うちんともいつかこげんならんかいなね〜