読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハイになる前に

「心ならもう決まってる 僕の前を僕の影が征く」

【ネタバレ断片感想その3(映画・原作)】この、世界の、片隅、

つれづれ 映画 この世界の片隅に

まだまだ一向に衰えない!自分の中のブームが…!
映画2回見た後に、初めて原作(Kindle版)を読んだところ、またまた思ったことがいろいろあって、いっそのことこれもメモしておこうかな、と…
ちなみに絵コンテ集はまだ見てない!
そしてようやくゲットした劇場用パンフもまだ未見!
なので、そっちを見れば一目瞭然のことをサッパリ分かっていない、相変わらず情報不足のままで書きます…!

※以下映画、と、原作「この世界の片隅に」のネタバレあり感想です
未見の方は見れる体になってからお越しくださいませ※

続きを読む

【ネタバレ断片感想その2】この、世界の、片隅、

つれづれ 映画 この世界の片隅に

やっとこさ、2回目観てきた

1回目鑑賞後、感想を書いてから原作を、いや絵コンテ集も読むぞ!と意気込んでいたが、結局どちらも見てないままである
気付かなかった場面や、お気に入りのシーンなど、絵コンテ集なら一目瞭然だろうが、映画そのもので補完する贅沢を働いちゃろ、と思ったのである
それはおいしいものをちょっとずつへずりながらよばれたい気持ちに似ている…

ただ、ネットで流れてきた考察や批評、評論なんかを幾つか読んだ
面白かったもの(【注意】以下リンク全てネタバレあり!)↓↓

gendai.ismedia.jp

magazine.manba.co.jp

holozoa.hatenablog.com


2回目は、筋を追わなくていいのでだいぶ余裕ができた
とりとめもなく思ったことを、またまた、原作・絵コンテ集を見る前のお脳で、書き留めておこうかなと…

これを書いたらやっと!やっと原作が読めるぞ!早くしろワシ!!!
(ちなみにパンフはまたも売り切れ…入手できるのか…!)

※以下映画「この世界の片隅に」のネタバレあり感想です
未見の方は見れる体になってからお越しくださいませ※

続きを読む

【ネタバレ断片感想】この、世界の、片隅、

つれづれ 映画 この世界の片隅に

この世界の片隅に」を見てきた
見終ってから数時間、陶酔のあまりTwitterで感想をわめき続けた
一緒に行ったみゃ様も夜中にKindleで原作を購入、一夜明けた今日は分厚い絵コンテ集を買っていた
原作、当時から凄い凄いとたいそう話題になっていたので、読みたいなあ読まなきゃなあ、と思い続けているうちに、とうとう映画が公開となり…
とはいえ、この際…と何も入れずに見に行って正解だった
あの原作がどのように動くのかを楽しむ視点は得られないが、話の流れを全く知らないままで見るのもまた格別の趣と思われるので、現時点で原作も何も見てない人は、ぜひそのままで劇場へ…

残念ながらパンフは売り切れ
でも映画を見た後、原作も絵コンテ集も見ずに、映画を見ただけの状態で、感想をまとめておきたいと思った
だからこれを書かないと原作が読めない!!早くしろワシ!!!

※以下映画「この世界の片隅に」のネタバレあり感想です
未見の方は見れる体になってからお越しくださいませ※

続きを読む

いれかわってる〜〜〜!?!?

つれづれ 映画

遅ればせながら「君の名は。」を見てきた

新海誠作品は「秒速5センチメートル」のみ、見たことがあった
アニメとは思えないリアルさと常に発光しているような夢のような景色が同居する素晴らしい背景、そしてそれに伴わない人物のデザイン(※個人の感想です)
物語の救いのなさもエラい言われようだった名作であるが、あれの2話、種子島かどっかの女子が主人公の男子に想いを寄せているんだけど、彼はどこか、自分の知らないところを見て生きている、みたいなのには、グッと来た
そういう目にあったことある女子、少なくないと思う
そういう男子をまばゆく眺めて、まる一年同じクラスにいて、教室の机と机の間の通路を、掃除の時間の渡り廊下を、ただすれ違い続けるだけで終わったことが、ある人は、あると思う
そういう人には、ピンとくる、あの「自分の知らない世界を見て生きている人」

君の名は。」大ヒット!と言われても、フーン、で済むはずだったが、「秒速」2話への信頼感が、なぜかずっと尾を引いていて、なんとなく気が向いたので、見てきた
映画は、劇場で見るのが好きである
背景は間違いなく酩酊を誘う美しさだろうし、解散後のジブリスタッフが入ったとかでさらに一層見ごたえのある画面になっているらしいし

※以下、ネタバレというほどのものではないが、映画見てからの方が、いいっちゃないかな〜〜、くらいの感想です※

続きを読む

グズラと私

つれづれ

相当長時間ブログを放置した
やめたわけではないけれど、いろいろあって…

と言いかけるけども、別にそういろいろあったわけでもない
その前と、我が人生の界隈、さして変わらない
最近ちょっと忙しかったのは事実だども、その前はうなるほど時間もあった
何が変わったわけでもない
要するに、グズが発動していただけだ

幼少のみぎり、家族からの私のあだ名は「グズラ」だった
3歳くらいまで祖父母と同居だったが、その後そこそこ育った後も、よく祖父母から「早よせんね!!おらぁグズラだどやねえ笑!!」と呼びかけられていたものだ
(とはいえ怒鳴るような怖い雰囲気ではなく、ノロノロ動く孫の私を、呆れて笑いながらおちょくってせっつく、というような感じ)

私はこれだけ呼ばれといて、当時ずっと「グズラ」とは何なのか、分かっていなかった

今ならネットで瞬時に調べられることだけども、当時は、というか、これほどネットが普及する前の私に「グズラ」が何であるかを確かめるすべはなかった
ただ一つ、名前からそいつがグズであることは明確であった
「ラ」がついてるし、ゴジラあたりをもじった、何かのキャラやろな…と認識していた
そしてこれほど家族にグズラと呼ばれるということは、私はかなりのグズなんやな、という自己イメージが出来上がった

「グズラ」の姿を初めて見たのは、中学くらいの頃かな?
確か昔流行った宝島社の「VOW」のどれかで、グズラの写真が載っていた
その説明が誤植だったのか、内容は忘れたが「ははあ〜、これがグズラか…」としみじみと眺めたのを覚えている
なんということもない、グズそうな、恐竜みたいな見てくれで、ことさら印象にも残らなかった
その後調べたら、私が生まれる前のモノクロのアニメだったようで、何をするでものろっちい孫の私を表現するのに、祖父母の世代には非常にピンとくるキャラだったのかもしれない
その後、懐かしのアニメ!みたいな番組とかでもチラッと見たことくらいはあるような、気がするが、それも特に記憶に残っていない

グズにもいろいろあろうが、私の場合はまず、何にでも時間がかかる
仕事も家事も買い物も、出かける準備も、風呂もトイレも長い
さらには、所要時間を見積もれない
時間を読むのがヘタかつ苦手、普段から自分のペースがどのくらいか、の意識がない
1時間位かな〜と見積もってやり始めて2時間かかるとかザラ
時間を見誤って出かける前にドタバタ、とか日常茶飯事

この能力の欠如って、社会人としてはかなりの痛手である
こんな私が、かつての職場でなぜ成り立ってたのかわからない
こんな私を仕事で使う人はたいそう苦労したであろう(エア謝罪を飛ばす…)

具体的には、何か作業している時、「時間」の概念がいつも吹っ飛んでいる
集中している時、どれくらい時間がかかってるか、みたいな情報からかなぐり捨てている、と思う
こういう時間感覚の欠如と、手の遅さは、多分関係があるんだろう

いい年になった今の私のグズは、そういったことよりも
何かをやろうとする時の、取り掛かりの遅さ
一歩を踏み出すまでの足の重さ、腰の重さ、に如実に現れだした
ブログでも、絵でも

不安、恐れ、めんどくささ、かったるさ

何かを成し遂げた後、めちゃくちゃに批判されたら?
批判されずとも、スルーされたら?
リアクションを求めてやってるつもりはなかったのに、いつの間にかリアクションを折り込み済で考えている

何かを思いついても、ああ、でもそれをやるくらいならこないだ思いついたあっちの方が先かな…
で、いざそっちをやろうとしたら、ああ、でも今なら時期的にこっちかな…
でもでも、こないだあっちの方を先延ばしにしたし、それくらいならいっそこっちの…(無限ループ)

絵を描くのは好きだけど、作業は嫌い
線を引き、色を塗ってる時の没我の感覚は好きだけど、そこに至るまでが嫌い
書きたいもの描きたいものはあれど、描きたいものが(文章力・画力的に)すんなりスムーズに描けないストレスも嫌い
絵を描いた後、家事をするのが億劫
むしろ家事が控えてるなら、絵は後にしたい
後顧の憂いが何もない状態で、まっさらで、取り掛かりたい
…となると必然的に夜から着手となり、夜中のラブレターみたいな作業になってしまい、仕上げたもののクオリティも怪しい上に、朝から寝る、みたいな、おかしなことになる
やがて「…私は本当に絵を描くのが好きなのか?」と自問自答したりし始める

 

これは一体何なのか?
この引っ掛かりが何もなくやれる人と私の違いとは、一体何なのか??
私は何がどうなったら、この引っ掛かりを飛び越えて違う世界に行けるのか???

 

作品として一回も見たことがない、グズラを見つめる
どんなヤツかも全く知らないのに、勝手に私に紐付けられたヤツ
特に親近感もわかない、かといって恨んでいるわけでもない
でもこいつが象徴するものは、間違いなく私の中にビッタリ張り付いて息づいている
それを持て扱いかねて、私は今も文字通り、グズグズしている

このグズグズしている私を、私自身がグズラと呼んでいた、何度も記憶の中で
いい年になった私を、もはや家族たちはグズラとは呼ばないが(古いかつマイナーやし…)、私は多分ずっと、自分をグズラと呼んでいた
そして今日、私はとうとう音を上げた

 

ハイ、私はグズラですよ
もういいです、グズラで
だってパッパ動けんし、時間も読めんし、いっつも慌ててるし、
でもそれでいいです、事実なので

 

と、諦めた
どうやら、グズラと呼ばれることに抵抗してたらしい、プロのグズ師なのに
スッス動けない、これが私という人間で、その事実に歯向かうなんてムリなのに、スッス動けない自分に、全身全霊で歯向かっていたくさい
そして歯向かい続けてまた1日が終わる、のくり返し

祖父はものすごくせっかちで、その娘の我が母(団塊)も、年々せっかちになってきた
待ち合わせに1分遅れると烈火のごとく怒り、食事に行っても私がまだ食べているのに自分だけ身支度して席を立ってレジに行ってしまう
この人々の中で、我が父のひねもすのたりのたりかな遺伝子は、驚天動地のノロさに見えたであろう
そういう、相対的な要素があって、私の「グズ」の自己イメージは助長されていったのかな、と今は思う
そして、もういいよ、グズで…と、我が父のヘラヘラ遺伝子も発動しつつあるくさい

そうやって、グズグズしてヘラヘラしてる方が、なんか体にいい気がする、私の場合
いろんなことに、取り掛かれなくても、もうええやんか、それはそれで
人間いつ死ぬかわからない、そう思うとジュッとお尻に火がついた気持ちになるが、現時点での私の場合は、死ぬ日を基準に考えるのも、性に合っていない気もする(性格、年齢、環境などによってその方が俄然原動力になる人もいるはず)
それが本当にやりたいことなのであれば、無理強いしなくても、いつかやるやろ
自分はいつかそれをやる、ということだけ、信じていよう

いろんなことに、あまり抵抗しないで生きていきたいね

グズラ

…名前がグズラだからといってこいつが本当にグズかどうかはわからんぞ!
(おおかたグズと思うけど!)

ガリガリとシャービック

お祖母ちゃん子の逆襲 お絵かき 昭和 食べ物 懐かし

ツクツクホーシが鳴くと、宿題終わってないなー…と思っていた頃のことを思い出す
夏、毎度のこと

小さい頃大好きだったのはこれ

どーもーガリガリでーす
これ、我が家では「ガリガリ」と呼んでいた
凍ったところをガリッとかじる食感と音からの呼び名と思われる
夏の暑い日、祖母は「ガリガリ食べるね?」と冷凍庫から冷気の湯気の出るガリガリを出してくれた
数年後には自分で好きな味を出してきた
オレンジ味が大好きで、色の濃いぶどうはいつも余った
白は具体的に何の味かいつもわからなかった

ツクツクホーシと甲子園の音を聴きながら、ガリガリをかじる
食べ進めて袋が長くなってくれば、キッチンバサミでカットする
どんな時も、祖母の家の冷凍庫にはガリガリが凍らせてあった

長じて首都圏でバイトをした時、これは世間的には「チューペット」らしいことに静かに衝撃を受けた
しかも「ガリガリ」名はすでに「ガリガリ君」が世の中に幅をきかせており、以後私はガリガリの名を口にすることはなくなった(通じんし)

 

www.yukawanet.com

▲ガリガリって呼ぶヤツ、九州にすらおらんやないか!

とはいえ、今回は「ガリガリ」で通す、言いにくいし、他の名前

ところでコイツの、首のあたり
私にとってのガリガリは、右である

スタンダードとは
気づけば世の中のガリガリは、左の肩があるタイプになっていた
左の方が量は多そうだが、個人的には右のなで肩タイプの方が好き
なんていうか、左のはなんか、そっけないんだ…ガリガリを愛する子どもを、突き放してるような気がしてさ…
なで肩の方が、一口目をガリッと行く際に引っ掛かりがないので、「あますところなく僕を食べてよ!」って言ってる感じがしない?しないか…

そしてまた、ある時期からガリガリは「途中で折れる」ようになった

ポキッ
私にとってのガリガリは、途中のクビレなどはなかった
いつからこうなったのかは知らないが、これなら小さい子にも対応できるし、違う味を食べたい時も半分ずつで楽しめる
…でもこれも、なんかさあ〜〜!!
結局折らずに1本通しで食べたい時に、このクビレのところでやっぱり、ガリガリを愛する子どもを、突き放してるようなさ…
「さて、ここらで半分ですけど、まだ召し上がります?」みたいな?
食べるし!!ほっとけ!!
やっぱりガリガリにはスーッと一本、スマートでいて欲しくてさ…
途中警告なんて何もなく、ふと気づいたら終わりも近い、みたいな方がさ、「ああ、もうお別れだね…」ってガリガリが言ってるような気がして、叙情的じゃない…?そうでもない…?

昭和の夏休み、祖母の家での氷菓といえば「シャービック」が外せない

理想
パッケージの、夢と輝きに溢れた星形ハート型、トランプ型
おしゃれなピック、脚でも付いたガラスの器にかわいらしく盛られたシャービックは、小学生のあこがれを誘う

ところが祖母の家にそんな最先端の型が置いてあるわけがない
たいていは余っている製氷皿と、何の用途か分からない雑〜なボウルを使うしかない

さらにいざ作ろうとすると、意外と牛乳が切れてたりする
「…水でも作れます、って書いてあるし…いっか…」

そして固まるまで待てず、つい様子を見てせっかく表面にできてた薄い氷部分をハデにクラッシュさせ、さらに待つ羽目になったり

…気を取り直して、辛抱強く固まるのを待って、2時間後!!

現実
足のついた器はないから、せめてガラスで!
しゃれたピックは諦めてつまようじでよかろ!
謎のボウルの分は、ダイレクトにスプーンでこそげちゃー!

そして、妥協して水で作ったシャービックの、フヌケ感!!!

夏休みになったら、お祖母ちゃん家でシャービック作る!!は、夏に絶対にやらなければならない、もはや儀式だった
ガリガリも、テレビ見ながら、絵を描きながら、夏休みのあらゆることのお伴のおやつだった
…ガリガリもシャービックも、涙が出るほど好きだった

今は、びっくりするほど食べないねえ〜!!
色がすごいから?
他のおいしいもの、いろいろ知ってるから?

大人の今の人生には不要な味だったとしても、涙が出るほど好きだった気持ちはすごく必要だ
少なくとも私は、そういう気持ちがないと、生きていけない、くらいある

なんだろうね、この感じ

筒型豆腐とばってん荒川

お祖母ちゃん子の逆襲 お絵かき 懐かし 昭和 食べ物

先日突然、いちょう切りの豆腐が入った味噌汁の姿を思い出した
昔、豆腐って筒型のがあった
今見ないな〜

味噌汁に入っている豆腐がいちょう切りで浮いてると、ああ、お祖母ちゃんはトントン豆腐を買ったんだな、と思っていた

幼稚園〜小学校低学年くらいだったと思うが、いちょう切りの豆腐=元が筒型=これはトントン豆腐である、とひも付けていたのは、料理をしていたからではなく、スーパーで並んでいる豆腐コーナーに、筒型のがあったのを覚えていて、同じものを大好きなばってん荒川がテレビCMで勧めていたからである
CMの細かい文句は忘れたが、商品名部分が今でもばってん荒川の声で「トントン豆腐♡」と脳内再生される

ばってん荒川「ぴら〜」

昔のばってん荒川は鼻先を赤くしてなかったし、シワシワでもなく、むしろちょっとふくよかだった
どう見てもオッサンなのに、ばあさんのシナを作るのが異様に上手い人だった
お祖母ちゃんの荒尾弁は熊本弁とは似て非なるものらしいが、それでもやはりばってん荒川の言葉は非常に近く、しかもアッパッパみたいなのを着たりするので、子供心にばってん荒川はお祖母ちゃんの身代わりというか、象徴のような、崇拝にも近い思いで見ていた
ばあさん芸といえば、私にとっては志村でも青島幸男でも桑原和男でもなく、ばってん荒川である

トントン豆腐以外にも筒型の豆腐はあったので、いちょう切りの豆腐が絶対トントン豆腐であるとは限らなかった
子供心にもなんとなく、ウチのお祖母ちゃんはCMやってるようなメジャーな豆腐は使わないのではないか…とも思っていたが(値段のごつ味のようなか!大体あがんとは広告費が値段に乗っとうとばい!的な意味でメジャーを避ける風潮って…あるよね…)、なんというかもう、子供の身でばってん荒川の圧倒的な押しには抵抗できないというか、「筒型の豆腐はとりあえずトントン豆腐と呼ぶ」みたいな処理をしていた

 

豆腐です

もはや検索しても見つからない昔の青いトントン豆腐、遠い記憶をがんばって寄せ集めてもこの貧弱なるビジュアル…!敗北感…!!
青いビニールの口は堅いカネの留め金で留めてあり(昔のソーセージはこういうカネの留め口を歯でグリグリねじって引きちぎって開けてたね!)、口の方の豆腐にはビニールのシワがくっきりかたどられていた
使う時はこのボディの真ん中を一刀両断する

軽く調べてみたら、充填豆腐はぴっちり封ができるので日持ちがして便利、ということで、まずはこの筒型の袋に豆腐のモトを詰める形だった、ぽい
やがて機械化が進んで四角く整形できるようになって、これは推測だども、筒型より角型の方が輸送しやすいということで、筒型豆腐は淘汰されていった、のではないかと思われる

お祖母ちゃんは、充填豆腐が世に出た時はどう思ったのだろう
「豆腐が丸かやら、おかしかー」と思ったかもしれない
豆腐屋の豆腐の味に比べたら、豆腐によう似た違うもんたい、と思ったかもしれない
でも当時の私は、筒型豆腐のツルンとした食感が大好きだった
孫が好きなら…なんてことで、使うようになったかもしれない、聞いてみたい

今また、筒型の豆腐があったなんてことを、世の中は多分忘れていってる
欲しいと思っても、お取り寄せでもしないかぎり手に入らない
思えば、味噌汁以外にも、円筒形の豆腐をそのまま小皿に乗せた冷奴、なんかもよく食べた
あ〜、無性に食べたくなってきたぞ!!筒型豆腐!!

トントン豆腐の味噌汁

 

トントン豆腐のCMはなかった…残念…
しかし勢い的にはこのような感じ↓
「しごつ(仕事)の早か」の辺りがもう、たまらん…


【九州ローカル】 ばってん荒川さん ニッコウ住建CM 【昭和】