ハイになる前に

「心ならもう決まってる 僕の前を僕の影が征く」

【夏休みのとも・0】終業式

7月に入る頃には、二期作をやる宮崎の田んぼの稲はずいぶん膨れて、穂が頭を垂れてくる
一面の緑の中に、少し黄色がかった穂もある
そして何より、イネ科の植物特有の、青臭いともちょっと違う、ぎゅむぎゅむした匂いが辺りに充満する

この匂いが漂う道に、ランドセルを背負って歩く私が見える
田んぼの中の道の先にあるのは最後に通った小学校、ということは私は6年生であろう(私は合計3校の小学校に通った)
7月は、日に日に膨らむ稲の穂の匂いを胸いっぱいに吸い込み、きたる7/21を心待ちにしながらこの道を登下校した

夏休みになれば、おばあちゃん家に行ける――――

 



 

2018年7月の頭、台風が過ぎ去りポッカリと晴れた日
貴重な梅雨の晴れ間にベランダで布団を干していると、ジーーーー……という音が聞こえてきた

(ああ、今年も蝉の季節かあ…)

と思った瞬間、頭の中にいっぺんに、大量の記憶が再生された

人が一番強烈に記憶を呼び覚まされるのは匂いだと何かで読んだが、音も結構その力が強いと思う
九州の夏のはじめの、ジーーーー……という、少し高い蝉の声(ニイニイゼミらしい)
この音のせいで、以前ちょっと考えたけど実現しなかったことを、やってみようかな、という気になった

以前チラッと書いたことがあるけれども、私は4歳〜高1の1学期まで宮崎市内で暮らしていた(高1の2学期に福岡に転校)
そして、小1〜中3の間、夏休みを始めとする長期休暇の際は、全日程を通して福岡の住宅街にある母方の祖母の家に滞在した*1

幼い頃から引越・転校が多く、幼馴染とか、子供時代を通して過ごした懐かしい実家、みたいな、「帰属先」と感じられるものを持てなかった
その郷愁は私の中で、たった一箇所、この祖母の家に凝縮された

当時の「おばあちゃん家(ち)」は、祖父母の二人暮らし
私が生まれる半年前に、住宅街に祖父が建てた芝生の庭の木造平屋である
よくある、田舎で農家だとか、土間がある井戸がある、なんていう家ではない
当時のベッドタウンの、単なる一軒家に過ぎない

近所に同年代の子供もそれなりにいたはずだが、夏休み中に一緒に遊んだことはない
ほとんどの日、ほとんどの時間を、一人で遊び倒して過ごした
祖父母にとって私は生まれて数年同居した初孫だけに、デレデレに甘かった
朝寝坊してもさほど怒られもせず、おいしいごはんとおいしいおやつ、漫画に音楽にテレビ、空想とお絵描きに明け暮れる日々
これが天国でなくて何であろうか

私の中には、あの家で過ごした子供が未だに同居している
あの子がいつも、ことあるごとに私にささやきかける

これ、おばあちゃん家のあれに似てるね
これ、おばあちゃん家で最初に見たね
これ、おばあちゃん家の庭にも咲いてたね

あの子はいつも楽しそうに、全力でおばあちゃん家を駆けずり回っている
私はあの家にあの子を置いたまま、何十年も目の前に到来する現実を生き延びてきた
常に一緒にいながら、あの頃の感覚を置き去りにしてきた
あの子を、そろそろいったんつかまえてみたいと思った

つかまえるなら、まずは夏
あの子と、あの子の延長線上にいる私とが、一番交錯しやすい季節
蝉の声を聞いて一気にスイッチが入ったということは……
あの子も多分、同じ蝉の声を聞いていたはず

昔から私は、細かいことをやたらあれこれ覚えている質だが、同時に残念ながら、時系列とか場所の記憶が、ボゴッと、大幅に、抜け落ちるタイプである
多分、細かい記憶の方にばかりリソースを割いてしまう、残念なお脳なんだろうと思う
私の中に大量に降り積もっている夏休みの記憶を、なんとなく書き連ねてみたいな〜という思いはあるものの、それがいつの記憶なのかを明確にできない
実際にあった事件とかが絡んでいるなら、検索で判明する場合もあるものの、ほとんどの記憶が時系列不明である
以前やってみようと思ったけど諦めたのはこのせいで、時系列もない状態でどうやって記録すんの?という壁にぶち当たったわけである

でも、もう無理っぽい、抱えてるのが、気持ち的に
なので、時系列、ほぼ無視で書こうと思っている

とはいえ、検索すれば分かる場合はもちろん書き添えるし……
というより、今の私は、それがいつの話なのかとか、時間的にキチンと並んでなければならないとか、いうことが、あまり気にならなくなっている
そういうことに引っかかってる、ヒマがない、という気分でもある

そんな個人的なアレコレをワールドワイドウェッブに書く意味も、あんまり考えてない
あるのは本当に、単に、お脳から出したい衝動ばかり
今の気分として、その衝動に駆られるままに行動したいというだけである

 



 

宮崎の真っ直ぐ照りつける日差しの中、日焼けで焦げた小6の私が、稲穂の香りが満ちる田んぼの中の道を下校している
山のように1学期の荷物を抱え、水彩絵の具セットと黄色い筆洗なんかをカタカタ言わせて
ランドセルの中には通知表、明日はすぐに飛行機に乗っておばあちゃん家に行く
おばあちゃんもおじいちゃんも、いつものように手放しで喜んで歓迎してくれる
帰ったら荷物の準備をしないと
いつものように、あれもこれも持って行こう

 

宮崎の景色の一番遠くはいつでもぐるりと山

*1:登校日は一切無視で、一度も登校したことはない、だから登校日に学校で何をするのか知らない