子供にゃ分からんオツな味
大人は有難がるが、子供心にその魅力が今ひとつ分からない料理、というのがある
お祖母ちゃん家で出てくる料理にもいくつかそのテのものがあった
【一文字ぐるぐる】
わけぎ?小ねぎ?(熊本では「ひともじ」と言うらしい)を、さっと湯がいて、くるくる〜っと丸めて、辛子酢味噌をかける
この「ひともじ」がグルッとなったものがボウルに積まれているのを、台所で見かけた時の私のガックリさ加減ときたら…笑
子供には「ネギ」「だけ」が「湯がかれた」「だけ」の上に「辛子酢味噌」とかもう、
いっっっっっこも惹かれる要素がない
大人は旨い旨いと喜んで食べるが、もーなんが有難かとか、いっちょんわからん!!!もんの筆頭だった
…のであるが、大人になってから食べてみたら、これがもう、得も言われぬ旨さ
特にこの、「ぐるぐる」の形状がよろしい
一本丸ごとぐるぐるしてあるので、白いとこ青いとこ、両方を一気に味わえる食べ応え
そこに郷愁の味わいが乗っかれば、無敵の旨さ
子供の頃はイヤイヤ食べた記憶があるが、今となってはこれの何がイヤだったのかが全然わからない
人って…変わるんだね…
一文字ぐるぐるは、巻くのがヘタクソでも酢味噌かけたら分からんし、だいたいが量をこづんでおけばよか!
湯がき過ぎんこと、適度に水分(ネギの中のねっとり成分など)を切ること、とか押さえとけば、たいがい大丈夫!
とはいえ、今はお祖母ちゃん自身に、作り方のコツを聞いておきたかったなあ…と思う
お祖母ちゃんは「藤商店のからし酢みそ!」が好きで、よく菅井きんの真似をしていた
そのせいか、未だに辛子酢味噌はつい、藤商店のを使ってしまう…
そして余らせる…
【辛子蓮根】
これは作るもんではなく、買ってくるもの(と私は思っている)
蓮根の穴に、和辛子を練り込んだあん(?)を詰めて、周りに黄色い衣をつけて揚げてある
子供には辛すぎるシロモノで、これはもっぱら、酒の肴である
当時私は宮崎に住んでいて、両親が共働きだったため、夏休みの間はずっと福岡(のやや田舎)の祖母の家に滞在した
お盆頃になると父母も祖母宅に来るのであるが、娘ムコさんである私の父には、祖母はよくお酒の肴として辛子蓮根を出していた
それを父はヒャッヒャ言いながら大喜びでつまむ
子供の私は(あげん辛かとの何が嬉しかとか…バカんごたー)と、呆れていた
祖母が手作りしていた記憶はなく、福岡では今も大きな店にしか売ってないので、あれは父の手土産だったのかもしれない
酒好き珍味好きの父は、嫁の実家に持参してまず自分が食べるほど気に入ったものと思われる
和辛子系の辛さが苦手な私は、子供の頃はもちろん、長じてのちも食べたことがなかったが、これを期に、と挑戦してみたところ、
旨い!!!
そして辛い!!!!!
でも旨い!!!!!!
…という感じで箸が止まらなくなる
父がドハマリしたのもうなずける
お酒に合うということは…?と試しにご飯のおかずにしてみたら、これもまた合う!
ビリっと強烈に辛いので、刺激的な箸休め?休まらないけど?という一皿
【いきなり団子】
いきなりとは「いきなり(すぐに)作れる」ということらしい
いきなり団子については、団塊世代の母には絶対に譲れない点があった
それは
「中身はお芋だけしか入れてはならない」
である
いきなり団子は、ある時から急速に市民権を得て、福岡でもそこら辺で売られるようになったが、たいてい、サツマイモとあんこが入っている
母に言わせればそれは邪道らしく、
「いきなり団子は芋の甘みだけを味わうのが正式!あんこはつまらん!!」
…みたいなことを長年吼えていた
母の母、である祖母のいきなり団子はもちろん、サツマイモのみだった
母にとってはそれが懐かしの味・ベストであるかもしれないが、サツマイモがあまり好きではなかった子供の頃の私には
(え〜、おイモだけ〜…?)
テンションだだ下がりのおやつとなるわけである(バチ当たり)
たしか時々、芋+あんこのいきなり団子も作ってもらった気がするが、アレは多分メインで餡餅かなんか作って、あんこが余ったから、おまけで、みたいなものだったような?
いきなり団子ばしようかね、と立つ祖母の背中に、あんこを入れろ…入れろ…と毎回念を送っていた(そしてその念はだいたい届かなかった)
蒸かしたてのいきなり団子はしっとりツヤツヤして、少し塩気のある生地がモチモチ、中身のサツマイモはたいていホコっとしていた
最近はねっとり極甘のサツマイモが多いが、あの頃のは粉っぽいというか、口や胸の水気を持っていくものだった
お水を飲みながらでないと食べ進められない私をヨソに、祖母は自分でこしらえたいきなり団子を、いつも嬉しそうに食べていた
…時移り、世はもはやサツマイモの甘さのみを楽しむ時代ではなく、いきなり団子といえばあんこ入りが常識となった
しかし考えてみれば「いきなり」作れるからいきなり団子なのに、あんこを作ってたらとても「いきなり」とはいかなくなる
小豆を数回茹でこぼしてミキサーで粉砕し(祖母のあんこはこしあんだった)晒で絞って砂糖を入れて絶えずかき混ぜながら煮詰めて練って…というあんこ作りのゴールの遠さ
切ったサツマイモをくるんで蒸かすだけ、というのがいかに「いきなり」か、あんこを作ってみるとより分かる
そして今、サツマイモだけのいきなり団子はほぼ、自分で作るしかなくなっている
これはまだ、挑戦したことはない
※※※
これら3種、全て熊本の郷土料理である
祖父母は熊本県の荒尾の出身、転勤で九州中をあちこち引っ越したが、昔から馴染んだ料理を好んだのであるらしい
私が生まれてのちは、福岡県東部に定住しつつも、これらは食卓でよく見かけた
ひと月前の大地震以来、熊本の人も大分の人も、「おおごとしよる」と思う
あれからずっと、静かに熊本という土地について思いを巡らせている
私にとっては、熊本とは祖母の懐かしき料理だったので、作ってみたり買ってきてみたりした
それらの熊本の料理をつまみながら、おいしいなあ、みんな食べたかろうなあ、と思う
昔からその地に伝わっていて、何度も何度も食べたもの
子供の頃はイマイチ…と思っていても、大人になってから目にすると、矢も盾もたまらず食べたくなるもの
「おおごとする」前の世界に、元通りに戻ることは難しいかもしれない
でも「おおごとする」前の世界に培っていたものを、もっとよりよいものを、再び手にすることも、出来るはず
熊本には(もちろん大分にも)、一人ひとりの人生に、いろんな形で登場した懐かしいお味がたくさんあるだろう
そんなお味は「おおごとする」前の世界に、自分を紐付ける力がある気がする
今まさに「おおごとしよる」人が、気持ちの良い寝床でぐっすり寝て、いいお湯にでも浸かり、ホカホカになったところで旨いお酒と郷土の料理を楽しむ晩を、いつか絶対手にするぞと思い描くのは、何かの力になりはしないか
当事者ではない私が言うことでもないかもしれんし、勝手に想像しとるだけやけど
※※※
首都圏住みの頃、毎日クタクタに疲れてボロボロだった時、熊本産のトマトに何度も救われた
売り場でヘタの香りをかいでみると、他とは全然違うのである
九州モンに特別響いたんか知らんけど、青臭くて豊かな、夏野菜の香り
熊本では農作物も、今年はもちろん大打撃
でもストックとか直接被害がなかった土地からの流通はあるのか、今は野菜売り場で見かけたら、極力熊本産を買うようにしている
熊本産の野菜、なんでもおいしかよ…もし見つけたらぜひ、買うちゃってんやい…