ハイになる前に

「心ならもう決まってる 僕の前を僕の影が征く」

【夏休みのとも・2】だんご汁

夏休みの最初の日。
福岡空港から、おじいちゃんの運転する車でおばあちゃん家に着く。
急な坂に広がる住宅街の一画、石段を登って玄関へ。

カラカラカラ……

玄関の引き戸の音は、私の脳内に未だに染み付いている。
玄関だけじゃない、おばあちゃん家のあらゆる場所の音が、今も鮮明に思い出せる。
家のどこにいても、どの引き戸の音か、どこを歩いている足音か、瞬時に分かる。
生まれてから4歳までと、その後十数年は、年間でのべ2ヶ月程度滞在した場所。
ずっと住んでいたわけではないのに、音の記憶が体中に染み付いている。
聞いた経験が途切れ途切れでも、脳が新鮮なうちに何度も叩き込まれた音の記憶は、より濃いものになっていくのかもしれない。

居間には、ダイヤルを紐で引っ張るタイプのクーラーがあって、銀色の鼻先がオープンになっている扇風機が忙しそうに回っている。
おばあちゃんが嬉しそうに「いらっしゃ〜い」と迎えてくれる。

のどは渇いとらんね、おやつは、アイスキャンデのあるばい、手ば洗ってきんしゃい。

懐かしいことば、懐かしい声、懐かしい優しさ。
私は一気に、体中の細胞がゆるみ、おばあちゃん家に自分が溶け出すのを感じる。

夏休みのおばあちゃん家初日の定番メニューは、だんご汁だった。
私は本当に本当におばあちゃんのだんご汁が大好きで、今日はだんご汁ばい、と言われた時はもう、天にも昇る心地だった。
初日はそれと分かっていても、いちいち毎回めちゃくちゃ嬉しくて、万歳三唱くらいに喜んだ。

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